ISBN:978-4-86324-118-3
すぐに読み返したくなる度 :★★★★★
地域との関わり方を振り返ってみる度 :★★★★★
地域との関わり方をもう少し掘り下げてみたくなり、もう一度読んでみました。
その中で新たに、または改めて感じたことをまとめてみました。
◆地域を元気にすることは、住んでいる人にしかできないことなのか?
著者の問題意識はこの問いかけから出発しています。
そして「関係人口」という新たな概念にたどりつきます。
たとえ住んでいなくても、地域を元気にしたいと思って実際に地域を応援し、関わる仲間が増えれば、地域は元気になる。
そうやって地域に多様に関わる人々=仲間こそが、「関係人口」であると定義しています。
これまでの地域おこしの目指してきたところは、定住人口を増やす「移住」、観光客など地域を訪れる「交流人口」を増やすことでした。
しかしながら、移住はさまざまな面でハードルが高く、また地域の側も高い要求をしてくるのでさらにプレッシャーが高くなりがちなため、実際のところはなかなか行動に結びつかない。
また、交流人口はどうしても一過性の効果にとどまりがちなことに加えて、地域の無償労働につながりやすく、地域に住んでいる人が疲弊してしまうおそれもあることなどが課題でした。
そこで、両者の間を埋めるものとして新たに生まれてきたのが「関係人口」なのです。
◆地域への想いの変化
高度経済成長期以降、人口の大都市圏集中が加速化しますが、少し前まで地方出身の人たちにあった地域への感情は「過疎地域の出身なんて恥ずかしい」ということだったそうです。
埼玉県で生まれ育った私にとっては、過疎地域での環境は想像できないところです。
ですが、「だサイタマ」と揶揄されてきた埼玉県民であることの「恥ずかしさ」と似ているかもしれないと思います。
しかし、今や地域に向けられる視線が大きく変わっています。
「ふるさと難民」と呼ばれる都会育ちや東京に移住してきた人たちの第二世代は、ふるさとに対する憧れが強いといいます。
UターンやIターンという言葉も盛んに使われるようになりました。
「地方消滅」の増田レポート以降、国家レベルでも地方創生が掲げられ、地域おこし協力隊という受け皿づくりも進んできました。
そんな今の若い世代の特徴を表現する言葉として、雑誌ソトコトの編集長の指出一正氏が「ソーシャル」という言葉を使っています。
「ソーシャル」は社会や地域、環境をよりよくしていこうという行動やしくみを広く意味する、現代のキーワードであるといいます。
リーマンショックや東日本大震災が大きな契機となり、人々の価値観ぎ大きく揺さぶられ、一つのものに頼りすぎない生き方やバランスのとりやすい暮らしという新しい価値観が顕著になりました。
そこにあるのは、今の社会システムへの疑問、その先に未来や自分や家族の幸せはあるのかという疑問です。
地方はただ住むだけ、自分だけの暮らしの場所ではない。
自分も地域もよりよくなるために。自分が関わりたい、役に立ちたいと感じる場所になっていると著者はいいます。
つまり、地域がチャレンジの場になっているということです。
もちろん今までも地域への移住がなかったわけではないと思います。
ただ、近年の移住ブームともいわれる動きに特徴的なのは、若い人が多いということなのではないかと思います。
その理由として、スマホやITインフラがあるからではないでしょうか。
つまり、仕事がどこにいてもできるようになった。
これまでの人間関係を捨てなくてもよく、SNSなどを使えば人間関係を維持しやすい。
都会から地域への移行をソフトランディングできる、または都会と地域の間を行ったり来たりできる環境があるということです。
都会と地域の境界があいまいになったともいえるかもしれません。
一人一人が持つ人間関係が多様化しているのです。
このことにより、圧倒的に地域に関わりやすくなったということが大きいのではないかと思います。
◆地域は何を目指すのか ~関係人口の評価軸は社会的インパクト
著者が提案する関係人口の評価軸としての「社会的インパクト」は以下の4つです。
①ヒト 地域への愛着が増す、ファンや訪れる人が増える
②モノ 地域の特産品の認知度が上がる、売れる
③カネ 地域への投資が増える
④アイデア 地域に新しい知恵やアイデアをもたらす
確かに地域にとってみれば社会的インパクトが生まれなければ、いくら地域の関係人口が増えても仕方ないと思われるかもしれません。
ですが、私は一段下がって、とにもかくにも、まず地域を好きになってもらわないことには関係人口は生まれない。
まずは地域を好きになってもらうこと、そしてその結果その地域の関係人口になってもらうこと自体が今の地域に必要なことではないかと思います。
好きでもない地域のために何かしたい、役に立ちたいと思う人間なんていないからです。
社会的インパクトが生まれるのはそのあとでいい。
これまでの地域はおとなしすぎました。
遠慮がありすぎました。
そして東京への劣等感がありすぎました。
結果として、田舎のことを馬鹿にされて、本来なら憤っていいはずのところを、だって本当に何もないからと自分の地域を卑下するだけだったのです。
それが著者のいう地方にあった「諦め」といっていいほどの姿勢だったのではないでしょうか。
でも今は違います!
オラが村は確かに田舎で辺鄙なところだけど、いいところだ。
美しい自然がある、美味しい食べ物がある。
その土地その土地にしかないもの、その土地の魅力を発見しだしたのです。
それもまた昨今のITインフラの進化によるものが大きいのではないかと感じています。
スマホとインターネットがあれば、訪れて感動した場所や物を写真にとり、それを全世界に発信することが容易にできます。
それが共有され、やがて共感する人たちが出てくる。
そうして地域に住む人たちは、あるとき他所者が発見した地域の宝を「発見」します。
そこでよくばらず、または予算がないので、ないものはないと割り切って、地域の宝を最大限に魅力化することに集中投資する。
その結果、宝がさらに尖った形で磨き上げられ、さらなるファンを獲得してきたのです。
今、成功している地域はそのようにして努力を続けてきた地域だと思います。
海士町しかり、西粟倉村しかり。
東京とは違う自らの生きる道を確かに切り拓いているのです。
◆地域と関係人口には無限の可能性がある!
地域を応援したい、地域のために何かしたいと地域でのチャレンジに集まる人たちは、もしかしたら地域独自の生き様に感化して、自分もそのように生きてみたいと感じたのかもしれません。
つまり東京で大多数の人の中で画一的に匿名で生きるのではなく、自分の道を自分のやり方で生きるという生き方です。
また、東京に比べてモノが少ない地域には、自分が入り込む隙間がたくさんあります。
完璧な人間の周りには人はいらないように、東京はモノやサービスがあふれかえっているので個性が失われやすく、混み合って自分が入り込む隙間がないくらい窮屈です。
だから、自分が必要とされる人間であることを感じることが少ないのではないかと思います。
その点、地域のある意味隙だらけなところは、行き場(生き場)を探す人にとって魅力的なところなのだと思う。
足りないところはできる誰かに補ってもらえばいい。
そんな大らかさや懐の深さをを感じます。
そんな地域は無数にありますし、たぶん一人一人望む地域は違います。
また、それが一箇所とは限りません。
そういう意味で、関係人口により日本各地の地域全域に及ぼす効果は無限の可能性を秘めているように思えるのです。









