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「⇒」は個人的な気づき、学び


◎本書のポイント


・地方だけでなく、都会も行き詰まっている


「食べる通信」は、「食べる人」と「つくる人」を交換不可能な継続的で深い関係性で結び、都市住民が渇望している「生きる実感」や「人との関わり」という価値を提供している


・都市の行き詰まりを解決しえるものが、地方にはある。ならば、都市が地方を支える、助けるという議論とは別に、地方が都市を支える、助けるという発想
 → お互いの強みでお互いの弱みを補い合う関係を、都市と地方で結ぶ


・ふるさと難民は、「関係性」に飢えている
→   「血縁でつながるふるさとがなければ自分でつくってしまえばいい」


都会から田舎に出向く回路は観光と移住しかない
 →  関係人口はこれを拡大できる
 →  定住人口は増えなくても関係人口は増やすことができる


リアリティを取り戻すとは、「当事者になる」ということに他ならない
→   リアリティを回復するとは、自分を取り巻く環境や社会に関心を持ち、リスクを知り、それを当事者として引き受ける側に回ること
→  消費者ではな生活者になること


・「生産者=郷人」と「生活者=都人」のつながりが回復されたとき、都市と地方はしなやかに結び合う



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◆問題意識としての都市と地方の関わり


〇都市住民も行き詰まっている

・都市住民は「自由の奴隷」という檻に幽閉されている
 → 時間だけが労働に拘束され、子どもと過ごす余裕、趣味に費やす余裕もなく、自由を維持するためにどんどん不自由になっていく

・都市住民は「生きる実感の喪失」という檻に囚われている
 → 生物としての身体感覚が、生きる実感がわかない

・都市住民が渇望する「人、地域、自然との関わり」や「生きる実感」が、この国の辺境で苦しみ悶える地方の農漁村に残っている

・都会も田舎も行き詰り、どちらかを選ぶのがより困難になっている
 → どちらかを選ぶのではなく、このふたつが一部分でも重なり合うような社会、都会と田舎の価値をパラレルに享受できるような生き方はできないか

・地方創生の問題を地方の問題にとどめず、都市の問題も包含するスケールで、この国が直面している難問への回答に近づける


⇒  地方創生は地方だけの問題ではない。都市の問題、日本の問題を重ねることで、より広い解決方法が見つかる可能性がある

⇒   地方ではなく、積極的に都会を巻き込むこと

⇒  関係人口の議論は、地方だけでなく、都会が抱える問題を解決する糸口になる



〇食への注目と「食べる通信」

・食べる人は都会にいて、つくる人は田舎にいる。現在の巨大な消費社会においては、都会と田舎をつなぐ回路は見えにくくなっている
 →  この回路を「見える化」すれば両者をしっかり結ぶことができる

・都市住民の「食」の世界には、「食べもの」と「お金」の交換という一過性の浅い関係性しかない
 → 「食べる通信」で、生産者の物語を介在させることで、「食べる人」と「つくる人」という交換不可能な継続的で深い関係性に発展させることができる
 → 都市住民が渇望している「生きる実感」や「人との関わり」という価値を提供している

 ⇒   食べものではなく、都市住民が渇望している価値を提供している





◆食は命に直結する


・人間は食べなければ生きていけない。だから、食に関してはすべての国民が当事者なのだが、多くの人にとって他人事になっている
 → 後継者や担い手不足、低所得といった日本の一次産業の苦境を目の当たりにしながら、子どもには国産のものしか食べさせたくないといっている矛盾
 → 後継者不足の問題を農家だけでなく、その影響をダイレクトに受ける消費者も一緒になって考えなければいけない


・現代社会で最も価値ある部分を一次産業が有しているのに、その部分がまったく世の中に伝わっていない
 → 販路開拓やブランド化など、まずは生産現場の収入を上げようというところから入るビジネスはこれまでたくさんあったが、悪い流れを断ち切れなかった
 → 生産者の社会的地位を上げるところから入るビジネス=消費者の意識を変えるというアプローチが欠けていた





◆人口減を嘆く前に「関係人口」を増やせ


〇都市が地方を支える、地方が都市を支える

・都市住民にとって、生きる実感と人とのつながりは、もはや贅沢品になっている
 → その贅沢品は、地方の農漁村にまだ残っている

・貧困とは、ただお金がない状態のことではなく、「自然やコミュニティから切り離された上でお金がない」状態
 → 自然やコミュニティとの関わりを強めることが成熟した社会にはふさわしい道

・都市の行き詰まりを解決しえるものが、地方にはある。ならば、都市が地方を支える、助けるという議論とは別に、地方が都市を支える、助けるという議論を堂々と展開していっていいのではないか
 → お互いの強みでお互いの弱みを補い合う関係を、都市と地方で結ぶことが必要



〇ふるさとに憧れる若者

・かつて東京は田舎者の集まりだった。しかし今、完成された消費社会の東京で生まれ、東京で育った若者が増え、彼らにはその環境の中で「生きる実感」や「コミュニティ」「自然を実体験する機会」がほとんどなかった
 → 都会生まれで都会育ちの若者は、地縁血縁に基づくコミュニティや濃い人間関係のつながりをむしろ目新しいものとして新鮮に捉え、大きな価値を感じる。「第二のふるさと」
 → 「血縁でつながるふるさとがなければ自分でつくってしまえばいい」

⇒   「ふるさと」を自ら選択する時代
⇒   その表れとしての関係人口



〇支援と連帯

・都会が上で、田舎が下というメンタリティが根づいてしまっている
 → その上下関係は、そのまま消費者と生産者の関係にも置き換えられる
 → 経済効率という単一の物差しに多様な価値を押し込めて測り、優劣をつけてきてしまった



〇コミュニティの喪失

・自然の脅威の中で人間は群れをつくり、コミュニティを形成し、互いの役割を果たし合いながら力を合わせて生きていた
 → 自然の脅威から守られた都市という要塞では、この共依存関係が崩れ、コミュニティは弱体化し、問題解決は「相互扶助」ではなく、サービスの購入や税金という対価を支払った末の行政サービスという形に変わる

・都市化とインターネットの普及によって、特定の他人に依存する必然性がなくなった
 → 常に取り替え可能で、「関係」が成り立たず、人間をも消費の対象とみなしてしまう
 → 人々は「関係性」に飢えている

⇒   自分勝手に地域に関わるというのではなく、積極的に地域の人たちと関係を築くことが、関係人口を地域に根付かさせるには必要

⇒   自分勝手に関わるだけなのは関係人口とまでいえない。ただのファン。地域の人たちを応援するサポーター、協働するパートナーであってこそ関係人口といえるのではないか



〇都市と地方をかきまぜる

・ふるさと難民たちが求める価値は、都市が持っていない価値であるリアリティや関係性

・定住人口を劇的に増やすのは至難の業でも、関係人口なら増やすことができる

・地方に移住したいと考える若者が多い
 → 移住の条件「都会にあるような病院と仕事があの自然豊かな田舎にあるのなら行ってもいい」
 → そんなことはありえないから、結果として彼らはこない

・移住は無理だけど、憧れているとろに定期的に通う生き方だったらやってみたい
 → 都会から田舎に出向く回路は観光と移住しかなく、これを拡大するには関係人口が有効





◆消費者と生産者もかきまぜる


・現在の消費者の一部は、物が欲しいのではなく同じ事や行動を志向するコミュニティを求めている
 → アイデンティティを形成するために、価値観を共有する仲間や空間を欲している
 → キーワードは「共感と参加」



〇東北食べる通信

・生産物をマーケットで消費するのではなく、生産者と消費者とでつくるコミュニティで共有できる価値にする
 → 食べ物とお金という交換可能で貧弱な関係から、食べる人とつくる人という交換不可能で豊かな関係に変える



〇リアリティや関係性はアマゾンでは売っていない

・情報はもはや贅沢品ではない
 → 世界中の情報だけでなく、あらゆるジャンルの「疑似体験」もできる

・生きる実感や関係性などのリアルが贅沢品になっている



〇生産者と消費者の変化

・都市住民は、成熟した消費社会に生きる者として厳しい審美眼を持っている
 → 作物や生産者に価値を認めると、様々な応援をしてくれる
 → 応援することで自分の消費行動の価値を上げることができるので、消費者の満足度が高まる

・「都市と地方をかきまぜる」とは、生産者と消費者の間にある垣根を取り払うこと
 → 生産者は私たちの代わりに美味しい食べものをつくってくれている大切な存在になる





◆「消費者」ではなく「生活者」になろう


・リアリティを取り戻すとは、「当事者になる」ということに他ならない

・生産者と消費者の関係はとてもわかりやすく、共依存関係を築きやすい
 → 食べものを直接買うということは、お互いに依存し合い、貢献し合うこと

・自分が育てた野菜やお米を送る。そのお返しとして、生活費の一部を送ってもらう。かつては当たり前にあったそんな関係を他人同士でつくることができたら、こんなに豊かで幸せなことはない。そこに時間やお金をかける価値も生まれる

・私たちが口から取り込んでいる食べものは薬と同じ。(医食同源)
 → 同じお金をかけるのなら、医療よりも食べものにかける方が幸福な人生といえるのではないか
 → 医者に払うお金を、農家に払うようになればいい 

・消費社会において、お客様は神様
 → ひとたび問題が発生すると、すべて生産者側の問題、責任とされる
 → 消費者はどこまでも他人事

・リアリティを回復するとは、自分を取り巻く環境や社会に関心を持ち、リスクを知り、それを当事者として引き受ける側に回ること



〇「つくる」と「食べる」をつなげる

・単なる食べものとお金のやりとりではなく、消費社会で欠落している「つくる」と「食べる」をつなげることで、「消費者」を「生活者」に変える
 → 生産者がつくった食べものだけでなく、「生産者の生き様」そのものに価値を見出していく必要がある

・その価値を共有する「生産者=郷人」と「生活者=都人」のつながりが回復されたとき、都市と地方はしなやかに結び合っていく
 → 両者が一緒になって新しいコミュニティとしての「命を支えるふるさと」「心の拠り所となるふるさと」を創造する喜びと感動を分かち合える

・今は郷人も都人も、消費社会に飲み込まれ疲弊している
 → 食を通じて両者がまじり合うことができれば、一人ひとりの暮らしにつくる力と感動を回復できる



⇒   関係人口は、地方を救うだけでなく、都会を救うことができる両者の結びつきを生む

⇒   どちらかがもう一方によりかかるのではなく、相互補完ととらえる